大丈夫であるように 
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是枝裕和監督がCoccoを追ったドキュメンタリー映画『大丈夫であるように~Cocco 終らない旅~』を観てきました。

是枝監督は『幻の光』以来、登場人物たちが淡々と撮られていく中、日常に対する愛情を感じる独特の空気感が好きな監督でそんな是枝監督がCoccoを撮ったと聞いてうれしくて心待ちにまち子さんな映画でした。

私はCoccoのことになると好きですとかファンですだとか軽々しく言えずに言葉に困って黙り込んでしまいます。Coccoをはじめて知ったのは確かまだCockoの名前の時で雑誌に載っていた一編の詩でした。それから歌を聴きインタビューを読んだりして生のライブに行った時から目が離せなくなってしまったのです。

1997年、UMEDA HEAT BEATでのライブがはじめてCoccoを生でみたライブでした。正直、あんな体験は初めてでした。Coccoが歌い出したとたんに涙が溢れ出し見ていられないのに目をそらせなくて(というか、目をそらしてはいけないという感じで)ライブの間中、立ちすくんだまま目が離せなかったのです。
当時の彼女は歌うことで痛いを吐き出し立っていられるために歌うとインタビューの中で語っていたけど目の前で歌うCoccoの姿は痛みを通り越し神々しさすら感じるほどで、その姿に私の目は釘付けになってしまったのです。
痛みを歌に変え、生きていけるようにと歌っていた彼女が歌うことが好きになったとファンにとってはうれしい言葉を聞けたときが活動を休止した時でした。


・・・話が長くなりそうなので元に戻して、ごほん。


今回の映画にも出てくる『ジュゴンの見える丘』。去年の京都音楽博覧会のときにCoccoが沖縄について語りジュゴンのためにつくった歌だと歌ってくれたときに私は初めて聴きました。

 悲しみはいらない
 やさしい歌だけでいい
 あなたに降り注ぐ全てが  
 正しいやさしいになれ


初めて聴いたのにも関わらずCoccoの包み込むような大きな優しさを感じ涙が溢れてきました。


この映画では痛みを抱えて自分のために歌っていたCoccoがさらに大きな痛み、ジュゴンやひめゆりのおばあ、青森の六ヶ所村、癌で亡くなった友人のために歌う姿が映し出されています。ひとりで抱えきれるはずのないことを我がことのように胸を痛め、自分に何ができるか真摯に向き合っている姿に心打たれ、涙が止まりませんでした。

Coccoは自分の目で見て感じたことから目をそらさずに私たちに伝えようとしてくれます。誰かがなんとかしてくれるって楽観するのではなく、誰も何もしてくれないならまず自分でなんとかしてみせようと立ち向かっていきます。その胸に大きな愛を抱えて。

全てのシーン、全ての言葉が印象的なのですがCoccoが息子と見た『もののけ姫』のことを語ったくだりが印象的でした。この世界に希望がなくともこどもには世界は美しいんだということを、希望を見せてあげたい、自分もこの世が美しいことをちゃんと見せてもらって知っていたんだって、そのことは自分の根っこにちゃんとあるからといった内容で、あ、わたしも知ってる。って思ってこどもの頃に親の愛情を受けて育った風景がきらきらと重なって泣けた。(いや、もうほんとに全編泣いてるんですけど。。。)


Coccoは泣きながら語ります。自分は沖縄で生まれ育って新聞だって沖縄が中心で沖縄ばかりが日本の犠牲を一手に引き受けているかのように思っていた、でも六ヶ所村の女からもらった手紙で沖縄だけでなく日本にも痛みを背負った人達がいるということを知った、知らなくてごめんなさい、そして知らせてくれてありがとうと。
知ることは恐いことだ、でも知らないことはもっと恐いことだと教えてくれたのはCoccoです。沖縄の基地問題やジュゴンの丘と呼ばれる美しい丘が海が基地の移設で消えつつあると教えてくれたのもCoccoです。
自分に何ができるか分からない、何もできないかもしれない、それこそ基地問題のことはそれがなくなればいいという簡単な問題ではなく基地があることによって生活の成り立っている人達もいてそこで産まれた命もあるんだということをCoccoは語っている。でも何ができるか考えること、ひとつづつでも何かできたらなと思う。私のほうこそCoccoにありがとうと伝えたい、あなたの歌声はちゃんと届いてますと。


この映画は多くの人の胸を打つであろう普遍的なテーマを含んでいると思います。Coccoや是枝監督のファンだけでなく多くの人に見てもらいたいと思いました。
いや、これ読んだ人は見てくださ~い!




大丈夫であるように~Cocco 終らない旅~
 

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